ユダヤ人迫害(ホロコースト)関係の映画を2本見ました。
どちらもユダヤ人目線ではなく、その周りの人々などホロコーストに関していうと加害者視点の映画でした。
どちらの映画もホロコーストについて、その内容を知っている前提での映画だと思います。
2つの映画とも虐殺しているような直接的な映像は出てきません。
グロテスクな描写が苦手な方でも見れる映画だと思います。
あらすじ
関心領域 The Zone of Interest
アウシュヴィッツ収容所と壁ひとつ隔てた隣に暮らす1組の家族。彼らが穏やかで幸せな日常を過ごす一方で、収容所のおぞましい実態が明らかになっていく。
スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わすなにげない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。その時に観客が感じるのは恐怖か、不安か、それとも無関心か? 壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らの違いは?
ヒトラーのための虐殺会議
ユダヤ人への迫害が始まっていた1942年のドイツ。ベルリンのヴァンゼー湖畔の邸宅にナチス・ドイツの高官15名と秘書が召集され、ある会議が開かれていた。会議の冒頭、国家保安本部長官ラインハルト・ハイドリヒは、ヨーロッパのユダヤ人問題を総合的に解決するよう提案。それは、ユダヤ人を絶滅させることを目的とするものだった。懸念点が挙げられる中、まずは1100万人のユダヤ人を収容所へ輸送する方法が議論となる。
感想
私が見た順番は
関心領域→ヒトラーのための虐殺会議ですが、
興味のある映画を次々観ているので、この順番に特に意味はありません。どちらから見てもいいと思います。
アウシュビッツ収容所で何が行われていたかはなんとなく知っていました、
小学生か中学生の時に確か授業で『ライフイズビューティフル』を観た記憶があって、ものすごく印象に残っています。
こんなことが現実世界で起こっていたのか!?と信じられない気持ちになったことを覚えています。
ヒトラーのための虐殺会議の感想
最初にヒトラーのための虐殺会議の感想を書いていきたいと思います。
この映画はヴァンゼー会議という第2次世界大戦中に実際に行われた会議についての映画です。
映画のほとんどが会議の映像。会議終了後にヴァンゼー湖畔の邸宅が映し出されて終わります。
ユダヤ人の問題を解決することを会議の中で「最終的解決」と呼びます。
つまり大量虐殺を実行するためにナチス・ドイツの高官15名を集めた会議ということです。
これが実際に残された会議の議事録を元に作られた映画だそうです。
このヴァンセー会議以前からユダヤ人の差別・殺害は行われていてこの会議を機に収容所の迫害が加速していったようです。
私の学が足りていなく、この辺りの時代背景を知らずにこの映画を見たので
ヴァンセー会議でユダヤ人を迫害することについて熱い議論が交わされるのかと思いきや
会議に参加している15名全員がユダヤ人を迫害することを前提に話が進んでいきます。
これがまた不気味で気持ち悪いです。
ユダヤ人が悪であることが当然かの如く議論が進んでいきます。
当時
ユダヤ人は異なった宗教観や第一次世界大戦の敗戦理由がユダヤ人のせいだという話が蔓延しており、
ユダヤ人=悪というのは常識的だったようです。
ナチスの人種主義イデオロギー、そして多くの人々が見て見ぬふり、または加担したためこのホロコーストが達成されてしまったのでしょう。
ユダヤ人の移送方法、強制収容する方法やその時間や金銭的コスト。女性や子供や老人の対応
どこまでをユダヤ人とするか、どのような方法で迫害を行うかなどが決まっていきます。
(詳細はここには書きたくないので、実際に映画を見てみて欲しいです)
ユダヤ人への差別を差別と思っていない、常識的に考えていることが本当に恐ろしく思いました。
関心領域 The Zone of Interest
関心領域はとても映像が綺麗でした。
アウシュビッツ強制収容所の所長であったドルフ・ヘスとその家族の日常の話で、
夜にこの映画を見るか見ないか迷い、アウシュビッツでの出来事を知っていたこともあり、その日は見るのを躊躇ってしまい、次の日の日中から見はじました。
結果的に、想像していたグロテスクな映像はなかったのですが、見終わった後は気持ちとしてはいい気持ちにはなりません。
実際にホロコーストの代名詞であるアウシュビッツ、その収容所を取り囲む40平方キロメートルの地域を「The Zone of Interest関心領域」と名付けていたようです。
その関心領域であるアウシュビッツの壁の横でヘスとその家族の本当に穏やかな日常が、普通に流れていっているのです。
特に映画的なストーリー性はありません。
壁一枚隔てた、収容所の中では叫び声や黒い煙や機械音が上がっていますが、
全く気にせずに家族は日常を過ごしていっています。
実際に映像は出てきませんが、音や声で虐殺を想起させるという演出で、
アウシュビッツでの出来事を知っている前提の演出ですが、
知っているからこそ不気味さや狂気が感じられます。
この出来事が差別と思えるのは今この時代にこの映画を、この事実があったことを認識したからであって
当時を生きていたらこの出来事を止められていたでしょうか。
国家主導での出来事なので無理だと思います。
壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わすなにげない会話や視線、そして気配から着実に伝わってきます。その時に観客が感じるのは恐怖か、不安か、それとも無関心か? 壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?平和に暮らす家族と彼らにはどんな違いがあるのか?そして、あなたと彼らの違いは?
ということで。
自分の持った感想がただ単に偽善的な、常識的な考えに沿って出てきた感想なのか、
この時代だからそう思えることなのか。
考えさせられる映画でした。
最後に
戦争中は常識が常識でなくなる。まさにこのホロコーストという出来事は歴史的・人類にとっての負の遺産です。
「過去を忘れる者は次必ず同じ過ちを繰り返す」
違う映画で引用されていたジョージ・サンタヤナの名言ですが、
全くその通りだなと思います。
ホロコーストが常識と思われている前提でどんどん話が進んでいくこの二つの映画で色々と考えさせられました。
ユダヤ人以外の目線での映画を初めて見たので、客観的にホロコーストを見ることで、違った見方ができたと思います。
見なくないものに蓋をして
自分の都合のいいようにことを進めていくことは規模は違えども社会や会社でも少なからず起きていると思いました。
都合のいい常識を持たないようにしたいなと思いましたし。
またホロコーストについても詳しく調べてみようと思わせられるきっかけになった映画でした。
面白いとは言えませんが、二つとも良い映画でした。


コメント